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最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)1715号 判決

上告人

株式会社谷口金属熱処理工業所

右代表者代表取締役

谷口登

右訴訟代理人弁護士

廣田稔

被上告人

藤原安雄

右訴訟代理人弁護士

東野俊夫

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人廣田稔の上告理由について

手形が満期及びその他の手形要件を白地として振り出された場合であっても、その後満期が補充されたときは、右手形は満期の記載された手形となるから、右手形のその他の手形要件の白地補充権は、手形上の権利と別個独立に時効によって消滅することなく、手形上の権利が消滅しない限りこれを行使することができるものと解すべきである(最高裁昭和四三年(オ)第七五三号同四五年一一月一一日大法廷判決・民集二四巻一二号一八六七頁参照)。

これを本件についてみるのに、原審の認定したところによれば、被上告人は昭和五九年七月二〇日ころ、満期を同年九月二〇日と記載し、振出日欄及び受取人欄を白地として本件各手形を振り出したが、上告人と被上告人は右満期日のころ、本件各手形の満期の記載を抹消して満期を白地の手形とすることに合意したところ、上告人は、満期の白地補充権の消滅時効期間内である平成元年六月初めころ、本件各手形の満期欄の白地部分を平成元年九月一日と補充し、更にその後同年九月五日ころ(右振出日から五年を経過後)、本件各手形の振出日欄の白地部分を昭和五九年七月二〇日と、受取人欄の白地部分を上告人と補充した、というのである。したがって、本件各手形は、当初満期日が白地であったが後に右白地部分が適法に補充されたことにより満期の記載された手形となったものであるから、上告人は、その記載された満期の日から三年間すなわち手形上の権利の消滅時効期間内は本件各手形の振出日欄及び受取人欄の各白地部分を補充することができるものというべきである(なお、本件各手形は当初、満期を記載して振り出され、その後上告人と被上告人との合意により、その記載を抹消して満期を白地としたものであるが、満期が白地の手形であったという意味においては、前記説示したところにいう満期を白地として振り出された手形の場合と異なるところはない。ただし、本件各手形の場合、満期の白地補充権の消滅時効は、被上告人がその補充権を授与した時、すなわち上告人と被上告人との前記合意の日から進行するものと解すべきである。)。しかるに、原審が、本件各手形の満期欄の白地部分は白地補充権の時効消滅前に補充されたが、振出日欄及び受取人欄の各白地部分の補充は本件各手形の振出交付日から五年の消滅時効期間経過後にされたことを理由にその効力を生じないものと解したのは、白地補充権の消滅時効の法理の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。この趣旨をいう論旨は理由があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

以上によれば、被上告人の抗弁2は理由のないことが明らかであるが、原審は被上告人のその余の抗弁について判断していないから、更に審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男)

上告代理人廣田稔の上告理由

一、法令手続違反

① 被控訴人(上告人)は、平成三年六月一八日付準備書面第三項後段で「事実経過としても当初の支払期日(昭和五九年九月二〇日)をその直前か直後に控訴人は支払の猶予を求めて印をつき抹消し、同欄をも白地としたのであるから、白地手形の時効起算点も同日直前か直後にすべきであるし、そうなると二重の意味で白地補充の時効の問題は発生しないこととなるのである。」

と主張した。それが判決では、四の抗弁に対する認否2で、

「同年九月二〇日ころ控訴人と被控訴人が本件各手形の満期の記載を抹消し、本件各手形を満期欄白地の手形とすることを合意した際、本件各手形は、改めて流通に置かれたものである。

したがって、白地補充権の時効の起算日は、右合意の日になる。」

となっている。

上告人は、何も昭和五九年九月二〇日頃に新たな手形を振り出したとは主張していない。同日頃、同白地手形の補充権が被上告人から上告人に対し、新たに付与されたので、その補充権の時効起算点が、その日から起算されると主張しているのである。それは、仮に新たな付与とみとめられないと仮定しても、少なくとも民法第一五六条の承認行為には該当し、明らかに同時効は中断していること明らかである。しかるに判決では、上告人に何らの立証反論の機会も与えず、

「控訴人と被控訴人は、本件各手形の満期の昭和五九年九月二〇日ころ、控訴人の履行可能な然るべき時期まで本件各手形の満期を延期する趣旨で満期欄を白地としたものと認められ、この満期欄を白地とする合意により、新たな手形行為がなされたと解すべき特段の事情の認められない本件においては、当初から満期が白地であった約束手形と同視し、本件各手形の白地補充権は振出交付日から五年の消滅時効にかかるものと解するのが相当である。」

と判示している。上告人は満期欄を白地とする合意の内容だけを主張し、何も新たな手形行為(おそらく判決では再度の振出行為を意味すると推測される。)は全く主張していないものである。

当事者の主張を全く理解しない判決は直ちに破棄されるべきである。

二、明らかな、最高裁判例(最大判昭和四五・一一・一一、民事二四―一二―八七六)違反である。原判決を判示しながらも反対の結論を出している。

同最高裁は、

「満期が記載されている白地手形の白地補充権は、手形上の権利と別個独立に時効によって消滅するものではなく、手形上の権利が消滅しないかぎりこれを行使しうるものと解すべきである。」

であり、それは、

「振出日白地の約束手形における白地補充権は、これを行使することによって、手形上の権利を完成させるにすぎないものであるから、その補充権が別個独立に時効によって消滅するものというべきではなく、手形上の権利が消滅しないかぎりこれを行使しうるものと解すべきである。」

ということである。

原判決は、上告人が本件各手形の振出交付日から五年が経過する前である平成元年六月初めに満期欄の白地補充をしたことを認めながら、振出日、受取人の各欄の白地補充が遅れたことで、本件手形補充権の時効消滅を認めている。平成元年六月初めに満期欄の白地補充しているのであるから、先述の判例からすれば、振出日、受取人の各補充されなくても、満期から三年間は手形上の権利行使ができるはずである。明白なる判例違反である。

三、元々、本件各手形は、支払期日は昭和五九年九月二〇日と書いてあり、満期が記載されている白地手形であったものである。被上告人の依頼で同期日が猶予され、白地となり、満期が記載されていない白地手形となったものである。更に平成元年六月初めに支払期日を平成元年九月一日と補充して再び満期が記載されている白地手形となったものである。

原判決は、しかるに最終的には満期が記載されていない白地手形として結論を出している。右上告の理由第一項の論点では、昭和五九年九月二〇日ころ満期が抹消されたとき新たな手形行為と認められないとしておき、同第二項の論点では、同満期抹消によって、当初の満期が記載されていた白地手形が新たな満期の記載されていない白地手形と解し、更に再び同満期が補充されても当初と同じ満期が記載されている白地手形とはみていないのである。矛盾している。納得できないものである。

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